和の湯紀行 — ブレきゃんからの手紙
伊香保温泉、
また旅したいと思えた
あなたへ
「温泉、行きたいな」
そう思える瞬間は、もう訪れましたか。
治療と検査が続いていたあの頃は、
楽しみのことを考える余裕も
あまりなかったように思います。
そんな日々を経て、あなたが
「どこかへ行きたい」と思えているなら、
私もとてもうれしいです。
この手紙でご紹介するのは、群馬の山あいにある「伊香保温泉」という場所です。
万葉集の頃から人が湯につかってきた古湯で、
有名な石段街は、戦国時代に
武田の家臣たちが整備した、
日本で最初の温泉街計画都市と言われています。
江戸時代には三国街道沿いの湯治場としてにぎわい、
全国の温泉まんじゅうの発祥の地でもあるこの町は、
静かに自分の時間を取り戻したい人に、ふしぎとよく似合います。
標高はおよそ700メートル。
夏でも涼しく、町なかには湯気と、提灯と、石段を踏むたびに鳴る木の靴音。
その音は、ほかのどこの温泉街ともすこし違って聞こえます。
すぐに荷物をまとめなくて、大丈夫。
湯のみのお茶が冷めるくらいの時間をかけて、
ゆっくり読んでください。
読み終わったとき、「今度の連休、行ってみようかな」と
あなたが思えていたなら、私はとても嬉しいです。
伊香保のはじまり、万葉のころから
伊香保のはじまりも、はっきりとは分かっていません。
ただ、千二百年以上前から人がここの湯に通っていた、
ということだけは、確かなのです。
『万葉集』にはこんな歌が残っています。
伊香保ろの やさかのゐでに 立つ虹の
あらはろまでも さ寝をさ寝てば
― 万葉集 巻十四
伊香保のほとりに立つ虹のように、
せめて姿を見せるくらい、あなたと寄り添って眠れたら――。
そんな意味の、ささやかな恋の歌です。
万葉集には、伊香保の名がついた歌が九首も収められています。
名もない庶民たちが、湯のある山あいに恋や祈りを重ねていた。
そのことが、私はとても好きです。
戦国の温泉街計画 — 武田家の遺したもの
いま伊香保のシンボルといえば、町をまっすぐに貫いていく 石段街です。
この石段、誰がいつ作ったかご存じでしょうか。
1576年(天正4年)、武田勝頼の命をうけた家臣たちが整備した、と伝わっています。
長篠の戦いで多くの兵を失った武田家が、
傷ついた兵を癒すための湯治場として、
山の斜面に湯を引き、両側に旅館を並べ、
中央を石段で結ぶ町をつくった。
――これが、日本最初の「温泉街計画都市」と言われています。
450年たった今も、その石段の真ん中を歩けば、
両側にお湯が湧き、両側に宿があって、両側にお店が並んでいる。
武田の家臣たちが描いた図面の上を、私たちは歩いているのです。
江戸時代、三国街道の湯治場として
武田の家臣たちがつくった温泉街は、江戸時代に入ると、
上野国(こうずけのくに、いまの群馬)と越後をつなぐ
三国街道のすぐそばの湯治場として、
長く栄えていきます。
このころの伊香保を支えていたのが、戦国時代から続く湯守の一族、
木暮(こぐれ)家。
源泉を守り、宿を切り盛りし、お湯の配分まで取り仕切っていました。
武田の家臣だった彼らの末裔が、四百年以上にわたって
この町の湯を守り続けてきたのです。
大名や旗本も、長旅の途中で伊香保に立ち寄り、
身体の節々をほぐしてから江戸や越後へと向かっていったといいます。
「ちょっと湯につかっていこう」という、その素朴な営みが、
ずいぶん昔から、この町でくり返されていたのです。
温泉まんじゅう、発祥の地
ところで、伊香保には日本の温泉文化に残した
ちょっと面白い功績がひとつあります。
ご存じでしょうか、伊香保は、
「温泉まんじゅう」発祥の地なのです。
明治四十三年(1910年)、石段街の勝月堂が、
黄金の湯にちなんだ茶褐色のまんじゅうを考案しました。
名前は「湯の花まんじゅう」。
大正天皇のご成婚の折に献上されたことをきっかけに、
全国の温泉地に「茶色いまんじゅう」という文化が広がっていきます。
いまや日本中の温泉地で売られているあの温泉まんじゅうの原型は、
この石段街の小さな店から生まれたのです。
いまも勝月堂は石段街の途中で、
昔と変わらない製法で湯の花まんじゅうを蒸し続けています。
蒸したてを一つ、石段に腰かけて頬張る時間は、
この町でいちばん贅沢な数分間かもしれません。
病とたたかった浪子のこと — 『不如帰』のはなし
そしてもうひとつ、伊香保にはどうしても触れておきたい物語があります。
明治三十一年に発表された、徳冨蘆花の小説『不如帰(ほととぎす)』。
物語の主人公は、浪子(なみこ)という若い女性です。
結婚してまもなく結核を患い、
夫と引き裂かれ、転地療養のためにここ伊香保を訪れる――。
浪子は伊香保の宿で湯につかり、夫を想い、それでも病に倒れていきます。
「ああつらい! つらい! もう──もう婦人なんぞに──生まれはしませんよ」
――浪子のこの言葉は明治の多くの女性たちの胸を打ち、
『不如帰』はやがて百版を超えるベストセラーになりました。
百二十年前、この町で病と向き合いながら歩いていた人がいた。
物語の中の浪子であれ、湯治に通った名もない人々であれ、
そのことが、私には少し胸にしみるのです。
私が好きな歩き方を、ひとつ
伊香保での過ごし方は、人それぞれだと思います。
ただ、もしよろしければ、私が好きな歩き方を一つだけ
お伝えさせてください。
夕暮れに、石段を上る
石段街は、全部で三百六十五段。
一年の日数と同じだけ段があるのは、
「温泉街が365日、絶えず栄えますように」という願いが込められているそうです。
私が好きなのは、夕方、宿に着いて荷物をほどいてから、
浴衣に着替えて石段の下までゆっくり降りていって、
そこから一段ずつ、ゆっくり上り直すこと。
急がなくて大丈夫。
いま、息がきれそうな日もあるかもしれません。
そんなときは、途中の温泉まんじゅう屋さんで、出来たてを買って、
石段に腰かけて食べてみてください。
石段の真ん中には、湯滝という小さなガラス窓があって、
下を流れる温泉の本流をのぞき見ることができます。
目に見えないところで、湯がずっと流れている。
それを見るだけで、私はちょっと、うれしくなるのです。
てっぺんの、伊香保神社
石段を上りきった先には、伊香保神社がしずかに建っています。
縁結びと子宝の神様とされていますが、
境内の杉木立の中に立つと、それよりも、
ただ「無事に上ってこられたな」という気持ちが先に来ます。
余裕があれば、神社の奥からさらに参道を進んで、
伊香保露天風呂へ。
源泉のすぐそばで、茶褐色の「黄金の湯」につかることができます。
ここの湯は、空気に触れると鉄分でゆっくり茶色に変わっていく、
まるで命の色をしているお湯です。
夜、町が静かになる時間
私が伊香保でいちばん好きなのは、夜の時間です。
日が暮れて、日帰り客のバスが帰っていったあと、
石段街の両側に並ぶ提灯だけが、ぽつぽつと灯っている。
石畳の冷たさ、湯気の匂い、遠くで木の戸が閉まる音。
そんな町を、宿の浴衣でゆっくり歩く。
すれちがう人もみんな浴衣で、誰も急いでいない。
時間が、すこしだけゆっくり流れているような町です。
伊香保だけじゃもったいない、群馬のこと
せっかく群馬まで来たなら、伊香保だけで終わらせるのは、ちょっともったいない。
無理のない範囲で寄り道できる場所を、いくつかご紹介します。
榛名湖と、榛名神社
伊香保から車で二十分ほど登ると、
榛名湖(はるなこ)があらわれます。
榛名山の火口にできたカルデラ湖で、湖面はいつも静かに山を映しています。
湖畔をぐるりと一周してもいいし、
ボートを漕いで真ん中まで出てもいい。
ただベンチに座って、湖の色が時間とともに変わっていくのを
眺めるだけでも、十分すぎる時間になります。
すこし足をのばせば、榛名神社。
奇岩に囲まれた山中の古社で、いまではパワースポットとして
訪れる人も増えてきました。
急ぐ旅でなければ、参道のひんやりとした空気を、ぜひ一度感じてみてください。
水沢うどん
伊香保から車で十五分。
水沢うどんは、四百年以上の歴史を持つ、日本三大うどんのひとつです。
太めで、つるりとして、コシがあって。
冷たいざるで、ごまだれと一緒にいただくのが私の好みです。
「水沢うどん街道」と呼ばれる通りに、老舗が何軒も並んでいます。
富岡製糸場 — もうひとつの世界遺産
伊香保から車で一時間ほど南へ走ると、 富岡製糸場があります。
明治五年、フランス人技師の指導のもとに建てられた、
日本初の本格的な機械製糸工場。
長いレンガ造りの繰糸場や、フランス瓦の屋根、
木骨レンガ造の重厚な構造は、当時のまま残されていて、
2014年には世界遺産にも登録されました。
ここで糸を取っていたのは、十代の若い女性たちでした。
のちの日本の繊維産業を支えた、彼女たちの仕事の現場を、
時間があればぜひ訪ねてみてください。
私がおすすめしたい、7つの宿
伊香保温泉の宿は、本当にたくさんあります。
そのなかから、ピンクリボン温泉ネットワークに加盟している
伊香保の7軒の宿を、私の言葉でご紹介します。
ピンクリボン温泉ネットワークとは、
乳がんを経験した方が安心して湯を楽しめるよう、
バスタイムカバー(湯あみ着)の着用に理解があり、
客室風呂や貸切風呂、お部屋食といった、
「人目を気にせず過ごせる」工夫がされている宿のあつまりです。
香雲館
全室に客室露天風呂を備えた、伊香保のなかでも最上級ラインの離れ宿。
数寄屋造りの落ち着いた佇まいで、
「人目を気にせず、ただただ自分の時間を取り戻したい」方へ。
お宿玉樹
石段街の上部に建つ、和モダンの上質宿。
湯処の趣はもちろん、女性向けに細やかな設えがされていることで知られ、
口コミ評価がいつも高い一軒です。
「上品さと、過ごしやすさのバランス」を求める方にどうぞ。
市川別館 晴観荘
石段街から徒歩数分の高台に建つ、市川旅館の別館「晴観荘」。
本館とつながりながらも、別館らしい静けさを保ち、
黄金の湯と白銀の湯、どちらの源泉も愉しめます。
「老舗の落ち着きと、別館らしい隠れ家感、両方ほしい」あなたへ。
如心の里 ひびき野
石段街からは少し離れた場所にある、約一万坪の広大な庭園を持つ別邸風の宿。
離れの客室や、貸切風呂も充実していて、
「とにかく静かに、人目を気にせず過ごしたい」あなたへ。
温泉宿 塚越屋七兵衛
石段街の中ほどに位置する、家族で営む伝統的な宿。
派手さはありませんが、料理も湯も丁寧で、
「石段街を歩いて、宿に帰って、また歩いて」を繰り返したい方に向いています。
ホテル松本楼
創業から百年以上、伊香保を見下ろす高台に建つ老舗ホテル。
名物は、空を映す展望露天風呂「湯花の郷」。
上州牛をはじめ、群馬の食材を活かしたお料理にも定評があります。
「広々とした館内で、ゆっくり湯と食をたのしみたい」あなたに。
山陽ホテル
創業百年超の老舗で、伊香保の高台から町並みを見下ろす眺望の宿。
上州牛をはじめとした地元の食材を生かした料理が評判です。
「老舗の正統に身をゆだねたい」あなたに、安心してすすめられる一軒。
旅の前に、もうひとつだけ
お話の最後に、旅の前に確認していただきたいことを、いくつか。
まず、体調のこと。
抗がん剤治療中、放射線治療中、ホルモン療法による
ホットフラッシュが強いとき。
長時間の入浴や移動は、思った以上に体力を使います。
無理せず、主治医に「温泉に行ってもいい時期ですか」と
一言相談してから出かけるのが安心です。
次に、季節と標高。
伊香保は標高およそ700メートルで、夏でもひんやりとしています。
特におすすめは、新緑の五月から、紅葉の十一月上旬まで。
冬は雪に包まれた石段街がそれはそれは美しいのですが、
凍結や寒さに弱い方は、暖かい時期を選ぶのが安心です。
そして、傷あとや人工乳房への配慮。
今回ご紹介した5つの宿はすべて、
「ピンクリボン温泉ネットワーク」加盟宿です。
バスタイムカバー(湯あみ着)の着用について理解があり、
客室露天風呂や貸切風呂のある宿を選べば、より気軽に湯を楽しめます。
詳しくは ピンクリボン温泉ネットワーク加盟宿一覧 もご覧ください。
また、お便りします
長い手紙になってしまいました。
伊香保のはなしは、ほんとうはまだまだあるのです。
榛名湖畔のホテルで眺めた朝霧のこと、
石段街の途中で食べた湯の花まんじゅうのこと、
書ききれなかったことが、たくさんあります。
でも、ぜんぶ一度には伝えきれませんから、
あなたが伊香保を訪れたあとに、もう一度この手紙を読んで、
「次はどこを歩こうかな」と思ってくださると、
私はとても嬉しいです。
次は、有馬温泉のはなしか、城崎温泉のはなしを
手紙にして送りたいと思っています。
読んでくださって、本当にありがとうございました。
あなたの毎日が、穏やかな時間で すこしずつ満たされていきますように。
敬具
二〇二六年 初夏
乳腺外科医 ブレきゃん!
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