「全摘か、部分切除か」
乳がん治療で多くの方が向き合う、もっとも大きな選択のひとつです。
この記事では、医学的にどちらが必要なケースと、価値観でどちらでも選べるケースの両方を整理します。
大前提:寿命に差はない(条件付き)
まず、これだけは知っておいてください。全摘と部分切除、どちらを選んでも寿命は変わりません——ただしある条件を満たす場合に限ります。
その条件とは:
部分切除を選ぶなら、必ず術後に放射線治療を追加すること
部分切除では乳がんの発生源である乳管の一部が乳房に残ります。残った乳管から新たながんが出たり、見えない取り残しが再発を起こす可能性があります。
しかし、残った乳房への放射線治療を追加すると、再発率も生存率も大幅に改善します(乳癌診療ガイドラインで確認済み)。この条件下なら、全摘と部分切除で効果に大きな差はないとされています。
この大前提のうえで、自分にとってどちらが合うかを考えていきます。
まず確認:医学的に「全摘が推奨される」ケース
価値観の前に、医学的にまず全摘が勧められるパターンがあります。以下のチェックリストにひとつでも当てはまる方は、希望に関わらず全摘がおすすめです。
全摘推奨チェックリスト
- しこりが大きい(3〜4cmを超える)
- しこりが乳頭に近い
- 乳房の中でしこりが2か所以上にある
- MRIや超音波検査でがんの広がりが不明瞭
- 遺伝性乳癌卵巣癌(HBOC)と診断されている
- 何らかの理由で放射線治療が受けられない
放射線治療が受けられない理由
「放射線治療が受けられない」というのは、具体的にこういう状況です:
放射線治療が受けられない人
- 連日通院ができない(通常分割で25〜30回・約5〜6週間、寡分割なら16回・約3週間)
- 手術側の乳房・胸壁に放射線治療歴がある
- 妊娠中である
- 放射線で発癌しやすい遺伝性疾患(Li-Fraumeni症候群など)と診断されている
- 手術側の腕をばんざいできない(照射ポジションが取れない)
- 強皮症やSLE(全身性エリテマトーデス)を合併している(軽症の場合は主治医とご相談を)
ひとつでも当てはまる方は、部分切除を選んでも放射線治療ができないため、再発リスクの観点から全摘がすすめられます。
全摘も部分切除もOKなら、価値観で選ぶ
上のチェックリストにどれも当てはまらない方は、価値観で選ぶフェーズになります。以下の比較表で、自分の優先順位を確認してみてください。
価値観マッチング表
| あなたの希望 | 全摘 | 部分切除 |
|---|---|---|
| 少しでも胸の膨らみを残したい | △(再建すれば改善) | ◎ |
| 乳輪・乳頭を残したい | △(温存術や再建を検討) | ◎ |
| 傷あとをなるべく小さくしたい | ✕(10〜15cmの傷) | ◯(しこり+3〜4cm程度) |
| 傷あとの数を少なくしたい | ◯(胸に横一直線1か所) | △(しこりの真上+脇の下) |
| 仕事を長期休めない | ◯(入院7日程度) | △(放射線で連日通院あり) |
| 入院期間を短くしたい | △(1〜2週間) | ◎(3〜4日〜1週間) |
| 放射線被ばくがこわい | ◎(多くは放射線不要) | ✕(放射線必須) |
| しこりが胸の端にある | ◯ | ◎(残った胸の変形が小さい) |
| お胸が比較的小さい | ◎(再建との相性も良い) | △(変形が大きいことも) |
| お胸が非常に大きい | △(左右差が大きくなる) | ◎(変形が小さい) |
なんとなく、自分の価値観に合う手術が見えてきましたか?
「乳房を残したい気持ち」も「全部取って安心したい気持ち」も、どちらも正解。
10年後の自分から見て、後悔が少ない選択を選ぼう。
各手術のイメージ
全摘(乳房全切除術)
乳がんの発生源である乳管をすべて取り除く手術です。乳管の出口である乳輪・乳頭も含めて切除します。
- 切開:しこりの真上+乳輪・乳頭を含んだラグビーボール状の傷
- 傷の長さ:おおよそ10〜15cm(位置により縦/横/斜め)
- 同時にわきの下のリンパ節手術も乳房の傷から行えるので、傷は1か所で済む
- 乳腺を全部取るため、その胸からの再発リスクはほぼゼロに近い(ただし胸壁や皮膚での局所再発は5年で2〜5%程度ある)
- 術後の空間に水(リンパ液)がたまるので、ドレーンという管を1〜2本入れる
- ドレーンを抜けるまで入院(約1〜2週間)
部分切除(乳房部分切除術)
乳がんとそのまわりの乳腺を、クッキーの型のようにくりぬく手術です。
- 乳管の一部が乳房に残るので、再発リスクが全摘より高い
- 放射線治療を追加することで、再発リスクは全摘と同等まで下がる
- 切開:しこり真上の皮膚+脇の下に追加3〜5cmの傷
- 傷は小さく治りも早いため、入院は3〜4日〜1週間程度
- 残った乳腺を縫い合わせて空間を埋めるか、そのままにする
- 放射線治療:術後に連日通院(通常分割で25〜30回・約5〜6週間、寡分割なら16回・約3週間。boost追加で5回程度延びる場合あり。1回数分の照射)
術前抗がん剤を受ける場合は、選択肢が広がることも
HER2陽性やトリプルネガティブのように、**術前抗がん剤(NAC)**を行うサブタイプでは、抗がん剤でしこりが大幅に縮小することがあります。
その結果、もともと全摘予定だった方が部分切除に変更できるケースがあります。
HBOCで全摘を選ぶときに考えたい「予防切除(RRM)」
HBOC(遺伝性乳癌卵巣癌)と診断されて全摘を選ぶ方は、もう一つの選択肢があります。
反対側の乳房もリスクを下げるために予防的に切除する「RRM(Risk-Reducing Mastectomy:リスク低減乳房切除術)」です。
RRMを検討する理由
- HBOCでは反対側乳房の生涯リスクが20〜60%と高い
- 同時に予防切除すれば手術が一度で済む
- 反対側にもがんが出てから対応するより、心の負担が軽いと感じる方も
- 保険適用で受けられる(2020年以降)
ただし、RRMはとても大きな決断です。遺伝カウンセリングと十分な相談のうえで決めましょう。詳しくは No.1012 HBOCとBRCA検査 と No.3003 BRCA検査のメリット・デメリット を。
よくある誤解
「部分切除のほうが軽い手術だから、できるなら絶対そっちがいい」
→ 入院は短くて済みますが、**そのあとに放射線治療(連日通院で約3〜6週間)**が必要です。トータルの治療負担は人によって変わります。
「全摘なら再発しない」
→ 乳房での再発リスクは大きく下がりますが、胸壁や皮膚での局所再発は5年で2〜5%程度起こり得ます。さらに、転移再発(遠隔再発)のリスクは手術方法ではなく、サブタイプやステージで決まるので、これも別の話です。
「全摘なら放射線治療は不要」
→ 多くの場合は不要ですが、リンパ節転移が多い場合や皮膚浸潤がある場合は、全摘後でも放射線治療が追加されることがあります。
まとめ
この選択は、人生で何度もない大きな決断。
急がず、家族と話して、必要ならセカンドオピニオンも使って、納得して選んでね。