「がんは死にいたる病。」
多くの人が、その認識をもっていると思います。
診断された瞬間、頭の中に「死」という言葉が浮かぶ。
でも。
なぜ、がんで人は死ぬのか。
そこまで理解できている人は、意外と少ないのではないでしょうか。
※この記事では「がんで亡くなる仕組み」について解説します。内容はやや重く感じられるかもしれません。治療中の方や、不安が強い方は、無理のないタイミングでお読みください。
「乳房のしこり」だけでは、人は死なない
少し意外に聞こえるかもしれませんが、これは事実です。
乳房のなかにできた「しこり」そのものは、すぐに命を脅かすものではありません。乳房は心臓や脳のように、それがないと生きていけない臓器ではないからです。
実際、極端な話、乳房を全部取ってしまっても、人は問題なく生きていけます。
では、なぜ乳がんが「命に関わる病気」として恐れられるのでしょうか。
命に関わるのは「転移」が起きたとき
答えは、転移(てんい)です。
ただし、転移はそんなに簡単には起きません。がん細胞が遠くの臓器までたどり着くには、いくつもの壁を乗り越える必要があります。
たとえば、
- ミルクの通り道の壁を破る
- 血管・リンパ管に入り込む
- 血流の中を生き延びる
- 遠くの臓器の入口でひっかかる
- そこから外に抜け出す
- 新しい環境に住み着く
- そこで生き延びて増える
これだけの段階を全部突破できた一部のがん細胞だけが、最終的に転移として現れます。「転移しやすいタイプ」と「しにくいタイプ」があるのは、こういった壁のどこかを突破しにくい性質のものがいたり、どの壁も難なく突破できるタイプがいたりするからです。
転移したがん細胞が落ち着く先はたいてい決まっていて、乳がんの場合は次の4つが代表的です。
乳がんが転移しやすい4つの場所
- 骨(背骨・骨盤・肋骨など)
- 肺
- 肝臓
- 脳
これらは、いずれも「ないと生きていけない臓器」または「働きが落ちると生活が大きく崩れる場所」です。
がんは「場所」を奪う
がんは少しずつ大きくなります。増えれば増えるほど、本来そこにあるべき正常な細胞のスペースが失われていきます。
肺に広がれば、呼吸が苦しくなる。肝臓に広がれば、代謝や解毒ができなくなる。脳にできれば、圧迫でまひや頭痛を起こす。
最終的に起きるのは、多くの臓器の機能障害、「臓器不全」です。呼吸ができない。血圧が保てない。意識が保てない。
「がんで亡くなる」と言われますが、実際には、臓器が機能しなくなって亡くなることが多いのです。
肺に転移した場合
肺は、空気から酸素を取り込んで、二酸化炭素を吐き出す臓器です。
転移したがんが大きくなると、肺の使える面積がだんだん減って、呼吸が苦しくなっていきます。
肝臓に転移した場合
肝臓は、毒素を分解したり、栄養を蓄えたりする「体の化学工場」です。
転移が進むと、体に毒素がたまったり、栄養がうまく回らなくなったりして、全身がだるくなります。
骨に転移した場合
骨転移そのものですぐ命に関わることは少ないのですが、痛みが強くなったり、骨が折れやすくなったり、背骨の場合は神経を圧迫してしびれが出たりします。
また、骨に転移するとカルシウムが血液中にあふれ出して、意識障害を起こすこともあります(高カルシウム血症)。
進行が進むと、がんが骨髄にまで広がって、血液を作る働きが落ちることがあります。そうなると、貧血・感染症・出血が起こりやすくなります。
脳に転移した場合
脳は、すべての臓器を司令する場所です。
転移したがんが脳のなかで大きくなると、その場所に応じて、まひや言葉のしにくさ、けいれんなどの症状が出ます。
がんは、体力を奪う
進行がんの患者さんが、急にやせていくことがあります。「食事量が減った」だけでは説明できない体重減少。筋肉が落ち、力が入らなくなる——。
がん細胞は、増えるために大量のエネルギーを使います。通常の細胞は酸素を使って糖を効率よく燃やしますが、がん細胞は酸素が十分にあっても糖を一気に分解する「効率の悪い方法」に偏り、その分たくさんの糖を消費します(いわゆるワールブルグ効果)。エネルギーの供給源は、みなさんの体です。
さらに、がんは炎症を起こす物質(=サイトカイン)を放出します。これらの物質が、筋肉の分解を促し、食欲を低下させ、体を消耗しやすい状態にします。これを「がん悪液質(あくえきしつ)」と呼びます。
食べていてもやせる。休んでも回復しない。体が、少しずつ削られていくのです。
「目に見えないがんのタネ」を、芽が出る前にやっつける
ここまで読むと、なぜ乳がんの治療が「手術だけ」では終わらないのかが見えてきます。
仮に手術で乳房のしこりをきれいに取り除いても、目に見えないレベルで、すでに血管やリンパ管にがんのタネがこぼれている可能性があります。これを放っておくと、何年か経ったあとに芽を出し、転移として現れることがあります。
これを防ぐために行うのが、抗がん剤・ホルモン療法・分子標的薬といった「全身治療」と呼ばれるものです。
タネのうちに摘んでしまえば、芽は出ない。そう考えると、手術が終わってからの治療も納得しやすくなります。
だから、「手術して全部取ったのに、なんで抗がん剤やホルモン療法までやるの?」という疑問の答えは、ここにあるよ。
まだ目に見えていない、ちっちゃながん細胞をやっつけるためなんだ。
早期発見がなぜ大事か
ここまでの話を踏まえると、なぜ「早期発見」がこれほどまでに大事と言われるのかも、納得できると思います。
がん細胞が乳房のなかにとどまっているうちに見つけて取り除けば、転移が起きるリスクをぐっと減らせます。
ステージⅠ(早期)の段階で見つかった方の5年生存率は、ほぼ99%。「乳がん=命に関わる」と短絡的に考える時代は、もう終わりつつあります。
「治る」と「治療する」の違い
最後に、ぜひ知っておいてほしい大事な考え方があります。
乳がんは、早期に見つかれば「ほぼ完治が望める病気」ですが、進行した状態では「治療を続けながら長く生きていく病気」になります。
これは糖尿病や高血圧と少し似ていて、完全になくすことが難しくても、治療を続けながら「ちゃんと生きていける」病気でもある、ということです。
まとめ
死を意識せざるを得ない瞬間があるからこそ、「何が命に関わるのか」を知ることが、ご自身の支えになります。
不安をなくすことはできなくても、知識で霧を晴らすことはできます。一緒に、ゆっくり進んでいきましょう。
※この記事は一般的な医学情報です。実際の治療方針は、病状、検査結果、体調、価値観によって異なります。必ず主治医と相談してください。