これまでの記事で解説してきたとおり、乳がんは手術や放射線などの「局所治療」と、お薬による「全身治療」を組み合わせて治療していきます(くわしくは No.2003 局所治療と全身治療 を)。
では、その「全身治療」には、いったいどんな種類があるのでしょうか。ひとつずつ、一緒に見ていきましょう。
① 抗がん剤(化学療法)
「がんといえば抗がん剤」。お薬による全身治療と言われて、まっさきに連想した方も多いのではないでしょうか。
でも、乳がん治療において、抗がん剤が主役になるケースは、むしろ少なめです。もちろん、タイプや進行ぐあいによっては、しっかり抗がん剤を使わなければならないこともありますが、近年は「必要な人に、必要なだけ」という考え方のもと、抗がん剤を行わない方も増えています。
その抗がん剤がどんな薬かというと、増えるスピードが速い細胞を狙って、増える仕組みをいろいろな手段で止める薬です。
代表的な抗がん剤
- アンスラサイクリン系:EC/AC療法(E=エピルビシン、A=ドキソルビシン)
- タキサン系:ドセタキセル(タキソテール)、パクリタキセル(タキソール)
- カペシタビン(ゼローダ)
- TS-1(エスワン)
正常な細胞にも、増えるスピードが速いものがあります。とくに髪の毛の根もと(毛母細胞)、血液をつくる造血幹細胞、腸の粘膜などが巻き込まれて攻撃されるため、副作用として脱毛・吐き気・骨髄抑制(免疫力の低下)などが起こることがあります。
くわしい仕組みは No.2020 抗がん剤治療の仕組み を。
② ホルモン療法
乳がんでもっとも多い「ホルモン陽性」タイプの、治療の主役です。
女性ホルモン(エストロゲン)をエサにするホルモン陽性乳がんに対して、エストロゲンを減らすか、エストロゲンを受け取る口(受容体)をふさぐ・こわすお薬です。
基本は飲み薬で、1日1回を5〜10年続けます。ただし閉経前の方では、卵巣から出るエストロゲンを止めるために、1〜6か月に1回の注射(卵巣のはたらきを抑える治療)を、飲み薬と一緒に行うことがあります。
代表的なホルモン療法
- SERM:タモキシフェン(ノルバデックス。閉経前後どちらも)、トレミフェン(フェアストン。閉経後)
- アロマターゼ阻害薬:レトロゾール(フェマーラ)、アナストロゾール(アリミデックス)、エキセメスタン(アロマシン)(閉経後)
- LH-RHアゴニスト(卵巣のはたらきを抑える注射):リュープロレリン(リュープリン)、ゴセレリン(ゾラデックス)(閉経前)
- SERD(注射):フルベストラント(フェソロデックス)(進行・再発時のみ)
- 経口SERD:イムルネストラント(イムルリオ。ESR1変異向け。国内で承認済みだが発売日は未定)
からだの女性ホルモンを減らす薬が多いため、副作用として更年期のような症状・骨粗しょう症・ホットフラッシュなどで苦労される方もいます。
くわしくは No.2100 ホルモン療法とは、飲み薬の選び方は No.2051 タモキシフェンとアロマターゼ阻害薬、注射については No.2052 LH-RHアゴニスト を。
③ 抗HER2療法
HER2陽性乳がんがたくさん持っている「HER2」というアンテナ(「もっと増えなさい」という命令を受け取るタンパク)を、狙い撃ちする薬です。2000年ごろに登場した、画期的な治療でした。
近年は、抗HER2薬に抗がん剤をくっつけて、HER2にくっついた細胞とそのまわりの細胞に抗がん剤をばらまく(バイスタンダー効果)抗体薬物複合体(ADC)が注目されています。
代表的な抗HER2薬
- トラスツズマブ(ハーセプチン)
- ペルツズマブ(パージェタ)
- トラスツズマブ+ペルツズマブの配合皮下注射(フェスゴ)
- T-DM1(カドサイラ):抗体薬物複合体(ADC)
- T-DXd(エンハーツ):さらに強力なADC
- ツカチニブ(ツカイザ):飲み薬。脳転移にも
副作用としては心臓機能の低下・間質性肺炎(とくにエンハーツ)などがあり、もともとこれらに関連する持病がある方は注意が必要です。
くわしくは No.2200 抗HER2療法とは、ADCについては No.2204 抗体薬物複合体(ADC) を。
④ 免疫療法
体の中の免疫細胞(T細胞)は、「PD-1」というセンサーを持っています。「PD-L1」という”免許証”を見せてくる相手は、仲間だとみなして攻撃しない——そんなブレーキの仕組みがあります。
ところが、がん細胞の一部は、これを悪用します。にせの免許証のように「PD-L1」をかかげて、免疫細胞にブレーキをかけてしまうのです。
この厄介ながん細胞を倒すために開発されたのが、免疫チェックポイント阻害薬(いわゆる免疫療法)。免疫細胞側の「PD-1」センサーか、がん側の「PD-L1」のどちらかをふさいでブレーキを効かなくし、がんを攻撃できるようにします。
代表的な免疫療法の薬
- ペムブロリズマブ(キイトルーダ):トリプルネガティブの手術前治療や、転移・再発でPD-L1陽性のときに使う
- アテゾリズマブ(テセントリク):転移・再発のトリプルネガティブでPD-L1陽性のときに使う
ただし「PD-1」はもともと、免疫が誤って自分の正常な細胞を攻撃しないための、大切なセンサーです。これをふさぐぶん、副作用として免疫が暴走し、全身のいろいろな臓器に影響が出ること(免疫関連有害事象。irAEと呼びます)があります。
くわしくは No.2021 免疫療法、PD-1とPD-L1のしくみは No.1018 PD-1・PD-L1 を。
⑤ 分子標的薬
分子標的薬は、がん細胞が持っている特定の目印(タンパク)を狙って攻撃する薬です。いわば、全身治療界のスナイパーのような存在。
実は、厳密にいえば③の抗HER2療法も分子標的薬の仲間です。ただ、乳がん治療の世界で「分子標的薬」というと、次のような薬を指すことが多いです。
主な分子標的薬
- CDK4/6阻害薬:アベマシクリブ(ベージニオ)、パルボシクリブ(イブランス)
- AKT阻害薬:カピバセルチブ(トルカプ)
- mTOR阻害薬:エベロリムス(アフィニトール)
- PARP阻害薬:オラパリブ(リムパーザ)、タラゾパリブ(ターゼナ)
- VEGF阻害薬:ベバシズマブ(アバスチン)(抗がん剤と併用)
副作用は薬によってさまざまですが、抗がん剤のように増える細胞を手当たりしだいに攻撃するわけではないため、脱毛などの全身的な副作用は比較的少なめのことが多いです(ただし、薬ごとに特有の副作用はあります)。
それぞれの薬が狙う目印については、No.1103 CDK4/6・No.1105 mTOR・No.1106 PIK3CA・No.1107 ESR1、PARP阻害薬と関わる No.1012 HBOC・BRCA などでくわしく解説しています。
⑥ 骨修飾薬
骨転移や骨粗しょう症に対する薬です。厳密には、がんそのものを攻撃する薬ではありません。
骨を壊す役割の細胞「破骨細胞」のはたらきを抑えることで、骨を丈夫にします。骨に転移があるときは、骨折や痛みをやわらげたり、がんが住みつきにくい環境をつくる効果が期待できます。また、ホルモン療法(とくにアロマターゼ阻害薬)の副作用で骨がもろくなったとき(骨粗しょう症)にも使うことがあります。
代表的な骨修飾薬
- ゾレドロン酸(ゾメタ)
- デノスマブ(ランマーク/プラリア)
くわしくは No.2034 骨転移、No.2030 骨粗しょう症 を。
組み合わせて使う
ここまで紹介した全身治療の多くは、単品ではなく、いろいろな組み合わせで行われます。それぞれの長所・短所を掛け合わせて、がんのタイプや性質に合わせた最適な治療を組み立てていくのですね。
まとめ
※この記事は一般的な医学情報です。実際の治療方針は、病状、検査結果、体調、価値観によって異なります。必ず主治医と相談してください。